尼崎市立小田北中学校13期生同窓会クラブ

尼崎市立小田北中学校13期生同窓会のブログです。2003の13組(重信学級)の同窓会、2007の還暦同窓会(全校生徒)、2011の卒業50周年同窓会、2017の古希の同窓会を経て、喜寿の同窓会に向けて情報を発信していこうと思っています。みんなの協力・提案を待っています。

2020年05月

Raizer Edge

1970/10/17 横浜港からナホトカまで、53時間の船旅。ナホトカからハバロフスクまで16時間の列車での旅。そしてハバロフスクからモスクワまで航空便で8時間と、5日間の旅である。モスクワのホテルは真新しい大きなホテル(インツーリスト・ホテル?)に泊まった。夕食が終わって日本から一緒に来た人たちは、それぞれモスクワの街の観光へ出かけて行った。僕は一人、ホテル内でゆっくりくつろいでいた。

ホテル1階の奥の方からディスコ音楽が鳴り響いていた。当時、ロシアはソビエト連邦共和国。社会主義国だったので、なんじゃこれ!日本や欧米諸国と変わらんやん!とフロントにいた女性スタッフに疑問をぶつけてみました。流ちょうな英語で反論されて僕の英語力じゃかなわないと、聞く側にまわってしまった。よくよく顔を見ると、これは!これは!初めて見るロシア美人。そして手元に読みかけの英語の本は、サマセット・モームの『The Razer’s Edge(剃刀の刃)だった。彼女の反論も終わり、へぇーそうなんだ!と僕も半分?納得していると時間があるかと聞かれたのでイエスと答える。じゃ何か飲みに行きましょうと誘われ彼女の仕事が終わるのを待って、タクシーで出かけました。夜のガソリン臭いモスクワ市内をタクシーで何軒かの店を回ったけど何処も、満席だったのかそれとも外国人と一緒に酒など飲むなど今思うと、当時のソ連では厳禁だったのではと。彼女はタクシーの運転手とも言い合っていたくらいだから。それでタクシーでまたホテルまで送ってもらい翌日のお昼を一緒にすることを約束して僕はホテルに戻りました。
 翌日は朝からそわそわしていて、何かお礼をしなくっちゃと思ったけど、思いつかず日本から一緒のツアーの女性からシームレスストッキングが喜ばれるとの話を聞き、一足分けてもらった。ホテルのすぐ近くのレストランで食事をしました。食事が終わって勘定をしようとすると、僕を遮って彼女が払ってくれた。かっこ悪いなぁ!なんか間違ってないかと思ったけど、ストッキングをお礼にと渡しました。とても喜んでくれたけど。
 初めての外国。旅の初めから夢のような出会いがあって、これからどんな旅になるんだろうかと思っていたが、この後、日本に帰るまでの3年間に、このような夢のような出来事は残念ながら一度もなかった。当たり前だよね!それまで日本でモテたことなかったんだからね!
 彼女がホテルのデスクで読んでいたサマセット・モームの『剃刀の刃』の英語版は50年経った今でも鮮明に思えている。このブログを書いていて僕は『人間の絆』や『月と六ペンス』その他短編など読んだことがあったが『剃刀の刃』は読んでいませんでした。改めて読んでみようと思ったがコロナ禍で図書館や本屋さんも閉まっていて、どんな内容かネットでいろいろ調べてみたりしていたら日本モーム協会と言うH.P.があって、タイロン・パワー主演の映画『剃刀の刃』(1946)が公開されていた。2時間25分白黒映画字幕なし。長い映画だったが、いまだに英語を学習中の僕にはいい勉強になりました。

 それにしても不思議なのは僕の旅の始まりに『剃刀の刃』という本があり、僕の旅の終わりにもこの本に似たような体験をしたこと。主人公はインドで修業し彼自身が人生について何かを得て帰ってくるのですが、僕の場合は愛には時などないのだと、インド・ニューデリーの建物の階段で野宿していて悟ったというより、諦めに近いものですが、それだけです。何も得るものがなく3年の放浪の旅を終えて帰国しました。今は、コロナ禍が終息し図書館、本屋さんが開けば早速、『剃刀の刃』を熟読しようと思ってる。

 このブログは同窓会ブログで、僕自身の個人的な体験などは新しく別のブログに書けばと思ったけど、新しくブログを開設するのも面倒だし、別にファイルをこしらえたら、それでいいんじゃないかと思い、書き綴っています。同窓生も「なんじゃこれ!?♫」と楽しんでいただければと思っている。

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先月、このブログを書いてから1週間後に村上春樹の『猫を棄てる――父親について語る時に僕の語ること』が発売された。帯には「時が忘れさせるものがあり、そして時が呼び起こすものがある」という一文が添えられている。僕のこのブログの表題は「愛は時を忘れさせ、時は愛を忘れさせる」という評論家・加藤周一著『続 羊の歌』の中で書かれたプロバンス語の諺です。昨年6月に月刊誌文藝春秋で『猫を棄てる』を読んで以来、同じ世代としていろいろな面で繋がりがあることを知りました日米野球。そして今回の予告文でまた驚いてしまったのです。

村上春樹の帯文には重い歴史的なものが含まれているが、僕が引用したプロバンス語の諺は個人的な愛ということで意味合いが違っているけど。前回、どうにもならない混乱した青春。そこからの脱出を試みた僕の決意みたいなものを書きました。3年に及ぶ海外放浪の旅は1か月後に帰国予定の帰途、インド・ニューデリーの、ある建物の前の階段で野宿をしていて失恋した彼女の夢を見てしまった。その時の僕は、ただショックを受け、ぼーっとしていたことを47年経った今もかすかに覚えている。あ~もうすぐ日本だという郷愁が僕の心を満たしていたからかもしれない。この時、僕は愛には時などないのだと悟ったのだと思う。彼女との出会いから60年、心のどこかにまだ生きている。

 

*写真は文藝春秋7月号(2019)から個人用にコピーして作ったものです。

・・・・半ズボンと突っ掛け姿で楽しそうな春樹さんと下駄を履いたお父様。白黒写真で時代も感じられて、個人的には今回発売された新刊よりとても気に入っています。


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