尼崎市立小田北中学校13期生同窓会クラブ

尼崎市立小田北中学校13期生同窓会のブログです。2003の13組(重信学級)の同窓会、2007の還暦同窓会(全校生徒)、2011の卒業50周年同窓会、2017の古希の同窓会を経て、喜寿の同窓会に向けて情報を発信していこうと思っています。みんなの協力・提案を待っています。

2024年の「喜寿の同窓会」に向けて!

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 今日11月17日は、ちょっと大袈裟かもしれないけど僕の人生がガラッと変わった日です。

僕は50歳の時にリストラにあいハローワークの訓練校でパソコンの基礎程度を習いました。後にこれが大いに役に立つのですが、高卒で持っている資格といえば自動車免許だけだったので、雇用保険が切れた後はタクシードライバーとして働いておりました。

 タクシードライバーの仕事をしているとストレスが溜まりたばこを吸ったり長時間座ったままの勤務なので休みの日には歩いて往復1時間くらいの図書館に通っていました。歩くと次の日の勤務が、午前中だけだけど身体が楽なんです。歩くことは身体にいいんだということを実感していました。たばこも病院へ通われるお客様が多いので吸わないように我慢していたら、いつの間にか止めること出来ました。

 そんなある日、図書館で井上ひさしの伊能忠敬についてのエッセイ集を借りて読んでみました。僕が58歳の時です。そのころの僕の小遣いは3万円。半分はたばこ代に消えていました。そのエッセイ集の中に「一身にして二生を経る」という章があって、商人として成功した忠敬は50歳から第二の人生を歩まれたということです。僕の娘たちは大学を卒業し社会人となっている。今度は自分のことを考えるゆとりが出来たんだと思う。それまでにたばこも止めて半年以上たつし、これもなんか自信みたいなものになったと思います。

 よし!僕も第二の人生にチャレンジしてみよう、若いころ予備校まで通って挫折した大学へもう一度挑戦してみようと思いようになりました。もちろんタクシードライバーをしながらです。自宅から働きながら通える国公立の夜間部のある大学は神戸大学経済学部と大阪市立大学経済学部で、あとは私立大学が何か所かありましたが授業料が高く、神戸大学か大阪市大に絞って資料を集めました。両校とも夜間部は昼間部の半額。年間26万円だったと思います。たばこを止めたのでなんとか僕の小遣いで捻出できそう。神戸大学は勤務先のタクシー会社から1時間弱、大阪市大は1時間半。神大は六甲山の麓、大阪市内にある市大は駅からすぐのところにあって、第二の人生を4000万歩も歩いた伊能忠敬に憧れる僕には、駅から上りのある坂道を歩いて25~30分かかる神大にぜひとも入学したいと思っていました。特に六甲台からの夜景が素晴らしいのです!僕の干支であるイノシシがうろついてはいるが。

 両校とも11月に入学試験がありました。神大は社会人枠10人で33人が受験。先に113日(2006年)に神大、18日に市大の試験があり1117日が神大の合格発表です。  to be continue..

 P.S. ずいぶん前に書いた文書を書き加えました。本当は17日にアップしたかったが、もたもたして2日も遅れました。



 
 
 私たち団塊世代は、戦後の貧しい時代に生まれた。職を求めて地方から都市部へ多くの人々が住み始める。私の父親も、そうであったが私が生まれて間もなく父は亡くなった。小学校に通う頃には給食があって母子家庭の私は無料で給食を食べることが出来た。中学校に入ると給食はなく弁当を持っていくか学校の売店でパンを買うかである。ある日、人だかりのする売店でパンをつかんでお金を払わずに立ち去ろうとした私を階段の上から見ていた先生にみつかり、首筋を痛いほどつままれ職員室に連れていかれ、たっぷりと説教されたのである。私はもうそれで、パン泥棒の件は許してもらえると思っていた。

 ところが、その考えは甘かった。翌朝、朝礼で列を作って並んでいると、その先生が来て、ちょっと来いと言って私をまた朝礼台の前まで連れてゆきそこで立っていろと言うのである。校長先生が朝礼台で話をしている間ずっと私は立っていた。さらしものである。2000人以上は居たであろう全生徒の注目を浴びながらである。その先生は他の先生に何かを説明していた。多分、私のパン泥棒のことだろうと思う。あれから何十年も経つが、人前に出てモノが言えなくなることがたびたびあった。あのミゼラブルな少年は、就職し結婚し、そして子供たちに恵まれて、すっかりパン泥棒のことを忘れていたのであるが、先日、映画「レ・ミゼラブル」を観て、ゴゼットの結婚式の場面で思わず泣いてしまった。訳の知らない妻は私の顔をみて「歳だね」と笑ったのであるが、すくすくと育ち結婚していった娘たちの顔が浮かんできて涙が止まらなかったのである。
2013年2月 9日 (土)
P.S. あのジャベール先生は生きているだろうか?
2020年11月 15日 (日)

 


2007年3月31日(土) ペーパーチェイス
 一昨日の朝刊に71歳の数学博士が誕生という記事を読んで、6日後に入学式を迎える私には、とても励みになりました。金子さんという方で卒業後も研究は続けるそうで「若い人と同じようにはいかないが、5倍ぐらい時間をかければやっていけるかな。研究はできる限り続けます」とおっしゃていました。ほんと勇気付けられます。「何の役に立つの」と奥様に聞かれて、答えにつまったそうです。わたしの周りにも「わざわざしんどい目せんと、定年後はのんびりと」という人がいます。なぜ、いまさら大学へ行くのか?若いころの夢を実現するためなのか?あのアカデミックな雰囲気を味わうためなのか?1973年公開の米映画「ペーパーチェイス」を私は海外放浪の旅から帰ってきてすぐに観ました。ハーバード大学ロースクールの学生たちの物語で、むちゃくちゃ勉強する学生の姿や老教授の鋭い質問、落ちこぼれていく学生、いつか私も、あのアカデミックな世界に行ってみたいと思っていました。この4月6日から私は大学生です。
 



(ココログからの引っ越し記事No.1)

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